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大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)35号 判決

原告 駒井美知子

被告 東税務署長

代理人 長野益三 松本捷一 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和五七年四月一二日付でした原告の昭和五四年ないし五六年分の所得税各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決

2  被告

主文と同旨

二  原告の請求原因

1  原告は、昭和五四年ないし五六年分の総収入が役員をしている株式会社駒井商店(以下駒井商店という)からの給与所得のみであり、源泉徴収により納税が完結するものとして所得税の確定申告を行つていなかつたところ、被告は資産所得の合算課税制度を適用し、昭和五七年四月一二日付で、原告の係争各年分の納付すべき税額は、合算対象世帯員である原告の夫駒井清次郎(以下清次郎という)の不動産所得の金額を原告が有するものとみなして計算した別表1の〈11〉の「決定後の類」欄記載の金額であり、これに対する無申告加算税額は同〈12〉の同欄記載の金額であるとして、所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下本件各処分という)をした。

そこで、原告は、同年六月一一日本件各処分について異議申立をしたところ、被告が同月三〇日付でこれを棄却したので、更に同年七月三〇日付で国税不服審判所長に対して審査請求をしたが、同所長は同長一二月二〇日付でこれを棄却する裁決をし、同裁決書は昭和五八年一月八日原告に送達された。

2  しかし、本件各処分は、次の理由により違法であり、取消されるべきである。

(一)  現行所得税法は稼得者個人を課税単位とする方式をとつているが、資産所得の合算課税制度(所得税法九六条ないし一〇一条)はその例外の一つであり、資産所得については生計を一にする一定範囲の親族を単位として課税する方式がとられている。この合算課税制度は、担税力に応じた公平な課税の実現と、所得分散による税負担の軽減の防止を目的として、昭和三二年の税制改正によつて導入されたものであるが、現行の合算課税制度は決して公平な課税の実現に役立つているとはいえず、むしろその不合理性が露呈している。

所得税法九六条一号は利子所得、配当所得及び不動産所得を資産所得とし、合算課税の対象となる所得をこの資産所得に限定しているが、譲渡所得、山林所得、事業所得、雑所得についても恣意的な所得分散による租税軽減を図り得る可能性があるのに、これを除外している。また、合算課税対象所得を総合課税となる資産所得に限定している結果、同じ利子・配当所得でありながら、少額預貯金の利子所得等の非課税制度(所得税法九条一号、一〇条〔昭和五五年法律第八号による改正前のもの〕)、一定の利子・配当所得の確定申告不要制度(租税特別措置法三条の二、八条の五)、及び源泉分離課税を選択した利子・配当所得の分離課税制度(同法三条、八条の二、八条の四)等の特例により、これに該当する利子・配当所得も合算課税対象所得の範囲から除外されている。これらは不公平課税の見本であり、憲法の平等原則に違反する。

所得税法九六条三号は、生計を一にする一定範囲の親族のうち総所得金額から資産所得金額を控除した金額が最も大きい者を主たる所得者としているが、これを具体的な事例に当てはめると極めて不公平不合理な結果を生じる場合があり、本件もその一つである。たとえば、主たる所得者とされる妻の総所得金額よりも合算対象世帯員とされる夫の資産所得金額が極めて多く、その両者間に大きな開きがある場合には、合算課税によつて主たる所得者の納付すべき所得税額がその収入金額よりも大となるかそうでなくとも担税力に比べ税負担率が高率となる。しかも、現行所得税法は、算出された合算税額を主たる所得者及び合算対象世帯員各人の所得額に応じて按分し、その按分された税額を各人の負担税額として各自納付することとしているが、納付責任につき、主たる所得者と合算対象世帯員間には連帯納付義務とか第二次納税義務というような納付責任の拡張規定がないため、右事例のように高額な所得を得ている夫は、個別に申告納税する場合より税負担が軽減されるばかりか、妻の税額を負担する必要もなく(仮に妻の税額を夫が負担すれば妻に対する贈与とされ、妻に贈与税の負担が生じることになる)、他方右事例における妻は、他に財産がないとすれば、生活費を考慮に入れなくとも収入を超える税額を納付することは不可能である。このようなことは、単に不合理であるというに止まらず、憲法の保障する財産権を侵害するものといわなければならない。

以上要するに現行の合算課税制度は違憲無効の規定であり、この違憲無効な規定に基づきなされた本件各処分は違法である。

(二)  右主張が認められないとしても、合算課税制度はその立法趣旨から租税回避の意図がない場合には適用がないと解すべきである。しかし、本件の場合は、清次郎が昭和五三年に代表取締役をしている駒井商店に対して所有地を賃貸することになつたので、清次郎の不動産所得は旧来に比して二五倍に急増したが、駒井商店には地代の増加額を吸収するだけの収益力がなかつたので、清次郎は駒井商店からそれまで得ていた給与を自発的に減額したことから、原告の給与所得がこれを上回るようになつたに過ぎない。このように、原告の所得には何ら変動がないのに原告が主たる所得者とされて合算課税に関する規定の適用を受け、所得税額が増加するという不合理な結果となるのは、もともと合算課税制度の立法趣旨が資産を意図的に分散して税負担の軽減を図ることを防止せんとするためであるにも拘らず、原告の如くそのような意図がない者に誤つて右制度を適用したことによるものであり、本件各処分は法令の解釈を誤つた違法がある。

3  よつて、原告は被告に対し、本件処分の取消を求める。

三  請求原因に対する被告の認否

請求原因1項の事実は認め、同2項の主張は争う。

四  被告の主張

1  原告は、係争各年分の総収入が駒井商店からの給与所得のみであり、所得税法に定める源泉徴収により納税が完結するものとして所得税の確定申告書を提出していず、他方、清次郎は被告に対し、係争各年分の確定申告書に別表2の「更正前の額」欄記載のとおり記載して法定申告期限内に提出した。

しかし、被告が原告らの係争各年分の所得金額を調査したところ、原告が所得税法九六条三号の主たる所得者に、清次郎が同条四号の合算対象世帯員に該当し、資産所得の合算課税を行うべき場合であることが判明したので、同法九八条に従つて税額の計算を行い、原告に対し別表1の「決定後の額」欄記載のとおり本件各決定処分をし、清次郎に対し別表2の「更正後の額」欄記載のとおり更正処分した。

なお、別表1のうち、原告に加算した不動産所得金額は、清次郎の確定申告書に記載の不動産所得金額と同額であり、生命保険控除及び損害保険料控除は、同法九八条四項二号により清次郎が控除していたものを原告から控除することにし、老年者控除は、原告に不動産所得金額が合算されたので、同法九八条一項一号、同法二条一項三〇号により総所得金額が一〇〇〇万円を超えるため、適用されなくなつたものである。

2  わが国の所得税制は、個人を課税の単位としてとらえその所得に対して累進税率を適用することとしているが、担税力に応じて所得税を負担するという見地からみると、一の世帯に一人の所得者がある場合と二人の所得者がある場合とでは、その世帯の所得の総額が同額でも、累進税率の構造上所得税負担の総額は後者の方が前者よりかなり少額となる。しかし、特に世帯員の中に資産所得者がいる場合にはこのような所得税負担の差異は適当でなく、むしろ世帯単位に担税力を考える方が生活の実態に合致するし、また資産の名義の分割等により不当に税負担が軽減されるのを防止することができる。そこで、資産所得についてはこれを合算して累進税率を適用したほうが担税力に応じた公平な課税が実現できるとの理由に基づいて、合算課税制度が設けられたのである。

原告は合算課税に関する規定は課税回避の目的がある場合にのみ適用されるべきであると主張するが、合算課税制度は右のように担税力に応じた公平な課税を実現するための制度であり、租税回避行為が存在する場合にのみ適用されるものではないことが明らかであるから、原告の主張はその前提において理由がない。

3  原告の憲法違反の主張は、要するに立法政策の当否を争うものにほかならず、憲法八一条の法令審査権の範囲外である。

憲法は、租税についてその三〇条で国民の一般的な納税義務を宣言し、八四条で租税法律主義の原則を規定しているだけであり、どのような租税制度により租税の賦課、徴収をするかは、法律の定めるところに委ねている。そして、租税は国家の営む諸活動の財政的基盤をなすものであり、租税体系は、国の財政需要の状況、社会、経済の構造、国民生活の状況、国民所得の分配の状況、その時代の社会、産業政策等の多数の不確定な要素を総合的に考慮して、初めて樹立しうるものであるから、いかなる租税体系を組むかは、主として国民経済、財政政策の問題として、立法府の合目的的、立法政策的な裁量判断にまつほかはない。課税単位を個人とするか世帯とするかもこれの一環として定められるものであり、その判断は、当不当の問題となることはあつても、直ちに違憲の問題を生ずることはない(最高裁判所第一小法廷昭和五五年一一月二〇日判決、訟務月報二七巻三号五九七頁)。

4  原告が本件で問題にする合算課税制度は、右に述べた課税単位に関するものであり、現行の所得税制は、原則として個人を課税単位とする一方において、例外的に世帯単位的な課税方式として合算課税制度を採用しているが、同制度は担税力に応じた公平な課税を実現するという合理的な理由に基づくものであり、原告が主張するような事例が生じることがあつても、これは所得税額が累進税率によつて算出される以上やむを得ないところである。

五  被告の主張に対する原告の答弁

1  被告の主張1項中、原告及び清次郎の係争各年分の給与所得金額、不動産所得金額その他本件各処分の基礎となつた事実関係自体は認めるが、原告及び清次郎について合算課税の規定の適用があるとの主張は争う。

2  被告の主張2項、3項は争う。

六  証拠関係 <略>

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。

二  わが国の所得税制は、個人を課税の単位としてとらえてその所得に対して累進税率を適用することを原則としているので、一の世帯に一人の所得者がある場合と二人の所得者がある場合とでは、その世帯の所得の総額が同額でも累進税率の構造上所得税負担の総額は後者の方が前者よりかなり少額となるが、実際の経済生活が世帯単位によつて行われている現状からすると、担税力を個人単位でのみ測ることには問題があり、殊に世帯員のなかに資産所得(利子所得、配当所得及び不動産所得)を有する者がいる場合には、勤労所得(給与所得及び退職所得)を有する者等に比べて大きな担税力があるため、担税力に応じた課税を実現するという見地からみて、このような負担の差異は公平にかなうものではなく、資産所得については、むしろ世帯単位に担税力をとらえる方が生活の実態に合致すると考えられる。

また、資産所得が特定の資産から生ずる所得であるところから、生計を一にする世帯員に資産を分割することによつて所得の分散を図り、税負担の軽減を図ることが容易であるのに対し、勤労所得にあつては、それが個人の労働から生ずる所得であるが故に分散できないため、両者の間に税負担の不公平を招来することになり、この意味からも資産所得については世帯を課税の単位とする方が課税の公平を図ることができる。

更に、世帯員間で資産の分割が名実ともに行われたり、当初から世帯員が自己の固有財産として当該資産を取得したときであつても、生計を一にする一定範囲の緊密な関係にある親族間においては、その性質上世帯主が世帯員の資産所得をも含めて管理、支配することが容易である。

こうした理由から、昭和三二年の税制改正によつて、資産所得に限り、例外的に世帯を課税単位としてとらえ、同一世帯に属する者の資産所得については一定範囲で合算して課税するという資産課税制度が設けられたのであり、現行所得税法は、これを税額計算の特例として九六条ないし一〇一条で規定している。

資産所得の合算課税制度は、生計を一にする夫と妻、父母とその子、祖父母とその孫のうちに資産所得を有している者がいる場合には、これらの親族のうちで資産所得以外の所得を最も多く有している者(主たる所得者)が、その親族(合算対象世帯員)の有している資産所得をも有しているものとみなして、所得税額を計算するというものであつて、主たる所得者の総所得金額に合算対象世帯員の資産所得の金額を合算し、その合計額から、これらの者の雑損失の金額と医療費の金額(最高二〇〇万円)との合計額(この合計額が一〇万円以下の場合は一〇万円)を控除した金額が一〇〇〇万円を超える場合にのみ適用される。その税額の計算は、合算対象世帯員の資産所得を主たる所得者の所得とみなして主たる所得者の総所得金額を合算し、その合算された所得金額に累進税率を適用して税額を算出し、その算出された税額を、主たる所得者の総所得金額と合算対象世帯員の資産所得金額の割合に応じて按分し、その按分された税額をもつて、主たる所得者及び合算対象世帯員各人の税額(但し合算対象世帯員については資産所得以外の所得につき別に計算した税額が加算される)とするものである。

したがつて、この制度の下では、主たる所得者は現行の累進税率の下では単独で課税されるよりも高い税率の適用をうけ、多額の税を負担することになるが、合算対象世帯員の資産所得を主たる所得者の所得とみなすというのは税額計算上のことであつて、当該資産所得を主たる所得者の所得に帰属せしめる意味でないことは勿論であり、手続上も当該資産所得が合算対象世帯員の稼得した所得として申告され、かつ当該資産所得に対応する税額が合算対象世帯員の負担する税額として納付されることになる。

三  憲法八四条は、租税法律主義の原則を規定し、租税に関する事項は法律又は法律に基づいて定められるところに委ねている。これは、租税法規の立法にあたつては、国の財政需要の状況、景気の動向、国民生活の状況、国民所得の分配の状況、その時代の社会産業政策等、多数の不確定な要素を総合的に考慮する必要があるため、いかなる租税体系を組むかは、主として国民経済、財政政策の問題として、立法府の合目的的、立法政策的な裁量的判断に委ねることにしたものと解され、裁判所も右裁量的判断を尊重するのを建前とすべきである。

しかし、租税法規といえども憲法を頂点とする現行法体系の一環をなすものであるから、それが憲法の定める諸原則に背反するものであつてはならないことは勿論であり、裁判所は、当該租税法規適用の結果が、憲法の定める諸原則の下において制度上許容されるべき合理的限界をはるかに超え、国民の正義公平の観念に照らして到底容認できない等、立法府がその裁量権を逸脱行使し、当該租税法規が著しく不合理であることが明白な場合に限り、これを違憲としてその効力を否定することができるが、右の程度に至らない場合には、当該租税法規は憲法上許容されるものというべく、立法政策上の問題としてその当、不当が問題となることはあつても、直ちに違憲無効の問題を生ずることはないと解するのが相当である。

ところで、原告が本訴で問題としている合算課税制度は、所得税の課税に当つて担税力をどのような単位でとらえるのが妥当か、換言すれば、課税単位を個人とするのがよいか、それとも夫婦あるいは世帯とするのがよいかということに関連しているが、この課税単位は、その時々の社会生活の実態や、これらを背景とする生活単位に関する基本法制のあり方を考慮しつつ、更には前記の政策的要請や実行可能な簡明な税制の要請等をも勘案したうえで、担税力に応じた公平な課税をどのような形で実現するのが妥当かという観点から立法府が合目的的、立法政策的な裁量的判断に基づき決めるべきものである。したがつて、現行の合算課税制度が、憲法の定める諸原則の下において制度上許容されるべき合理的基準をはるかに超え、国民の正義公平の観念に照らして到底容認できず著しく不合理な規定であることが明白であると認められない限り、違憲の問題は生じないものというべきである。

四  そこで、以下かかる観点から原告の主張につき検討するに、まず原告は、所得税法が合算課税の対象となる所得を資産所得に限定して、譲渡所得、山林所得、事業所得、雑所得についてはこれを除外しているのは不合理であると主張する。しかし、そのうち譲渡所得及び山林所得は、資産所得と同じく財産から生ずる所得であり、その限りで所得の分散が可能であることは否定できないが、資産所得が財産の運用から生ずる継続的な所得であるのに対して、譲渡所得及び山林所得は財産の譲渡から生ずる一時的、偶発的な所得であるし、またその性格上、課税面で特別な取扱いをするのが適当と認められるから、これを合算課税の対象としないこととしても、必ずしも不合理であるとはいえず、その選択は立法政策上の問題であると考えられる。

次に、事業所得は財産と勤労との協働から生じる所得であるが、通常は個人が多くの労働等を費やして所得を得ていることから、給与所得や退職所得と同じく勤労所得に分類することも可能であるし、親とは別に子が事業所得を得ている場合には、子については既に相当の年令に達し、父母と生計を一にしつつも独立の日が近いことが多く、夫とは別に妻が事業所得を得ている場合には、妻の勤労による家事処理の犠牲ならびにそれに伴う家事費用及び養育費等の余分な費用の増加があることを考えれば、これらの所得を合算して累進税率を適用することは適当ではない。また、事業所得は、その性質上自由に所得を分散することはむつかしく、世帯主が世帯員の事業所得をも含めて管理、支配することも困難である。したがつて、事業所得については、これを合算して累進税率を適用するほうが担税力に応じた公平な課税を実現できるとは認められず、現行法上事業所得を合算課税の対象としていないことについては、合理性があるものと考えられる。なお、近時青色申告の普及に伴い、事業主が生計を一にする配偶者その他の親族に対し、労務の対価として不相応な巨額の青色事業専従者給与(所得税法五七条一項)を支払うことにより、所得の分散を図る行為が見受けられることを指摘する者もあるが、同条項は、事業主と生計を一にする配偶者その他の親族がもつぱら事業主の営む事業に従事する場合に限り、その労務の対価として相当と認められる金額について青色事業専従者給与を認めているのであるから、この制度の濫用に対しては、現行税制の下でも、課税庁が適切な措置を講じて所得の分散による累進課税の回避を防ぐことが可能である。

雑所得は、各種の性格を有した所得を含んでいるので、このような多義的な性格を有する雑所得それ自体をもつて、合算課税の対象とすることの当否の判定は困難である。

また原告は、少額預貯金の利子所得の非課税制度、一定の利子・配当所得の確定申告不要制度、及び源泉分離課税を選択した利子・配当所得の分離課税制度等の特例により、これに該当する利子・配当所得が合算課税対象所得の範囲から除外されているのは不公平課税の見本であると主張する。

確かに、利子・配当所得の多くが前記課税の特例により合算課税の対象から除外されているために、資産所得の合算課税という所得税法本来の趣旨が十分には機能していない実情を指摘する論者があることは事実である。しかし、これらの特例制度は、国民一般の貯蓄を奨励し、国民大衆の投資意欲を促進して資本市場の育成を図るという政策的観点から設けられたものであつて、右特例については一方で担税力の大きい右所得を課税上優遇する合理的根拠に乏しいとの批判があるにはせよ、右政策目的自体についてはそれなりの合理性があると認められるから、右政策目的達成のためのこれら特例制度が、公平の観点からみて著しく不合理な優遇措置であることが明白であると断定することは困難である。

以上によれば、合算課税の対象となる所得を資産所得に限定したこと、一定の利子・配当所得を特例により合算対象所得から除外したことが合理性を欠くとはいえず、憲法の平等原則に反することにはならない。

五  原告は、所得税法九六条三号が生計を一にする一定範囲の親族のうち総所得金額から資産所得金額を控除した金額が最も大きいものを主たる所得者としている点につき、これを具体的事例に当てはめると極めて不公平不合理な結果を生じる場合があると主張する。

確かに、妻に給与所得があり、夫には資産所得のみがあつて妻が主たる所得者となる場合に、夫の資産所得が妻の所得に比し極めて多額であるような事例の下では、合算課税の結果妻に按分された税額が妻の収入金額を上回るか、そうでなくとも収入金額に比して高率となることがありうるが、このような事例は稀有のケースであるだけでなく、もともと合算課税制度は世帯単位で担税力をとらえるものであるから、合算課税の結果主たる所得者に按分された税額の多寡だけを取り上げて、合算課税制度自体が著しく不公平で不合理であるということはできない。

また原告は、合算課税制度の下での所得税の納付責任について、主たる所得者と合算対象世帯員間に納付責任の拡張規定が存しないことから生ずる種々の不合理があるとも主張する。

しかし、前記のような事例で合算課税の結果、高額な所得を得ている夫に按分される税額が個別に申告納税する場合に比して税負担が軽減され、その反面妻に按分される税額がその収入金額に比して高率となつたり、これを上回ることがあつても、世帯単位で担税力をとらえる以上、これをもつて不合理ということができないことは先に述べたとおりであるし、按分された各自の税額につき納付責任の拡張規定がないからといつて、世帯単位の担税力に期待する合算課税制度自体を不合理というのは相当でない。なお、主たる所得者と合算対象世帯員間には互いに扶養義務等があるから(民法七五二条、七六〇条、八七七条一項)、前記事例のように妻の総所得金額に比して、夫の資産所得金額が極めて多く、妻が多額の合算課税による税額を納付しなければならない場合でも、実際上は夫が合算による妻の増差税額の全額ないし大部分を負担することが予想され、このように夫が妻の増差税額の全額ないし大部分を負担したからといつて、妻に贈与税が課せられることはないと解される。

以上によれば、合算課税における主たる所得者の決め方や納付責任につき不合理があるとはいえず、これらの規定が憲法の保障する財産権を侵害するものとは認めがたく、合算課税制度は担税力に応じた公平な課税を実現するための合理的な制度として、違憲の問題は生じないというべきである。

六  原告及び清次郎の係争各年分の給与所得金額、不動産所得金額その他本件各処分の基礎となつた事実関係自体については、当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告が所得税法九六条三号の主たる所得者、清次郎が同条四号の合算対象世帯員に該当し、合算課税を行うべき場合であるので、同法九八条に定める方法で税額を計算すれば、原告の係争各年分の納付すべき税額及び無申告加算税額は、別表1の〈11〉〈12〉の「決定後の額」欄記載の金額となる。

原告は、原告が主たる所得者とされるに至つた事実関係に基づき、資産を意図的に分散して税負担の軽減を図ろうとしたものでない事案に合算課税制度を適用するのは違法であると主張するが、既述のような右制度は担税力に応じた公平な課税を実現することに主眼があり、租税回避行為が存在する場合にのみ適用されるものでないことは明らかであるから、右主張はその前提において失当である。

七  してみると、本件各処分には何ら違法な点はなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木敏行 紙浦健二 梅山光法)

別表1 課税状況(駒井美知子)〈省略〉

別表2 課税状況(駒井清次郎)〈省略〉

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